こんなの探せばいくらでもいると思うのだけど…………。

10代アニオタの自意識 – クソアニメをひたすら愛するブログ
http://d.hatena.ne.jp/turnX/20100507/1273208385

まず大前提がひどい、救いようがない。

自分は東京に住む標準的な頭空っぽアニオタ男子大学生、新一回生である。高校入る前辺りからネットにどっぷり漬かったおかげで、真性非コミュ真性非モテ真性無教養という三重苦のカルマを背負ってこの時代を生きる羽目になってしまった。

そしてDラン二部文学部という手の施しようのない散々な学歴を身に纏って、答えの無い毎日に真っ向から立ち向かう予定である。

真性非コミュ=コミュニケーション能力に難あり。
真性非モテ=コミュニケーション能力に難があるということは異性とまともに会話できないということなので当然ながらモテないというか恋愛に縁がない
真性無教養=そもそもコミュニケーション能力というのは学習によって成立するので、そのための引き出しである教養が低いというのは致命傷。コミュニケーション能力が高い場合はそれだけで乗り切れるのだけど低い場合は勉強して教養を高めないと補填できない。

つまり、この時点で彼の人生は詰んでいる…………!

高校時代の成績は一応学年で上位10人クラスに入っていたが、進学校でもない低偏差値の環境で向上心も欠如しっぱなし、友達ゼロで部活もせずバイトも面倒で毎日アニメ見ながら淡々と過ごしていた。修学旅行で余り物グループに入れられたりして可視化されていくクラス内カーストに目を背け、受験勉強をする気も起きずに学校推薦で済ますという愚行に走ったのである。

順調に転落しているなぁ…………。

幼稚園生からスーファミでFFやDQシリーズにどっぷり漬かり、高校生までRPGを中心にTVゲームが青春だったように思う。

2003年辺りだったか、偶然見て絵が綺麗で大人っぽいという理由で、カレイドスターやD・N・ANGELや魔探偵ロキなどからアニメを見始め、漫画雑誌はその流れで何故かコミックブレイドをたまに買っていた。エニックスお家騒動など知る由も無い。ぴちぴちピッチとかは別に見てなかったよ!本当だよ!

明確にオタク文化の存在を意識したのは電車男のヒット前後だった。2004~2005年辺り、ネギまに嵌って原作を買い漁り、アニメ化を契機に初めて深夜アニメを見始める。ご存知の通り先鋭的作画やヒロイン火葬など、荒れに荒れた赤松健の公式掲示板の反応が毎週楽しみだった。ファフナー班早く来てくれー!

書店でたまたま手に取ったげんしけんから、古くからのオタク文化の概要を知る。コミケがどうの同人誌がどうの宮崎勤事件からの迫害の時代がどうの、秋葉原やオタクのカジュアル化も既に問題視されていたように思う。これと電車男のヒットを重ねてみて、幼い中二心は晒し者にされた古参オタのストイックな生き様に、特別な憧れを抱いてしまったのだと思う。

ここまでは自然と湧き出づる中二的欲求と性欲求を何のしがらみも無く発散していたのだろうが、多分ここで何かをこじらせた。

もう徹頭徹尾完璧ですがな…………

2007年からは週に40~50本前後のアニメを視聴する日々が続いた。高校時代は本当の本当に友達ができなかったのだ。放送していた作品はとても楽しい物がたくさんあったが、今考えれば人生で最も尊ぶべき時間を底無しの泥沼へ蹴落としたような所業である。

こういうのを読む度に思うのだけど、ここでひたすら受け身で消費するだけになる人と、自分もああいうのを作りたいぜ!という二極化するわけ。自分の手を動かして何か文章を書くというのはその第一歩だと思う。一番簡単だし。だから、絵を描く人、それを自分一人だけでなく、他人に見せる人は本当にえらいと思う。

そしてここから最後あたりに怒濤の展開が。長いけどよく書けてるし、すごい。

それとこれは単純な世代間のギャップだと思うけど、彼らの話を聞いていて感じた事がもう一つ。今の30代辺りのオタと10代のオタには、共通認識という点で大きな隔たりが存在するのではないかと。最近言われる、ロールモデルとか神話の不在ってやつに繋がるかもしれないし全くの無関係かもしれない。

例えば今の10代は先人のオタ達の言論、「学生時代はルサンチマンを抱えてこそ」「お母さんのファッションセンスに頼りっぱなし」「大学生活はサークル仲間と麻雀ばっかして棒に振る」「彼女居る訳ねー」「結婚していくかつての同級生達」「そろそろ妖精さんが見えてきたよ」云々、童貞やオタクとして生きた上の世代の経験談をネットで俯瞰して確実に意識していると思う。

このまま漫画だのニコニコだの経由してオタ文化に嵌ったら、そういう暗い青春が待っている事が分かり切っている状況。こうなると散々言われている価値観の多様化というもので、「そんな糞みたいな人生俺は嫌だ」と奮起してお洒落したり彼女作る努力をして童貞キモオタの文脈から離脱できる人もいれば失敗する人もいる。それは健全な事なんだけど、俺みたいな「どうせ顔キモいし結婚とかまず無理だよねー魔法使い万歳!」とか若いうちからアホ言うような奴も出てくる。諦観してるのがカッコいいと感じちゃう中二か高二をこじらせる。これはいかんね。

そして若い世代は「これぞ俺達の青春のあるべき姿だよな!」という一つの意識の共有ができず、上の世代の言論を引っ張り続けるか、個々人の個別具体的な方向に進まざるを得なくなる。無意識に形成されていた妙な連帯感は10代には存在しない。それが存在していた古参オタが羨ましいという感情もある。

ときメモを始めとしたギャルゲエロゲ文化の黎明期に立ちあって存分にそれを謳歌した世代が妬ましい。無理矢理に作られたものではない純粋なブームの体感、自分の世代ならそれをiPhoneやtwitterやラブプラスに見出すが、まだ世代交代とはいかずそれらはオッサンが中心に楽しんでいるものだ。いつの時代もそういうものなのだと思うが、若い時分にみんなで熱中できたものが存在しない寂しさと劣等感、人間の絶対の孤独を認識せずにはいられない無常感。

更に言えば、俺の青春にはアニメとマンガとゲームとラノベしか無かった。見事に薄っぺらな男根オタク文化で貴重な時間と自らの価値観を蝕んでしまった。他の同世代や上の世代はどうだ。映画に小説にスポーツ、料理やサイクリングに最近じゃwebプログラマーさん、実に健全で実益を備えた趣味も多く、オタク趣味オンリーな人間は希少種である。これなら世間様に出しても全く恥ずかしくない。学生時代に努力した事がアニメ鑑賞?死ねよ。

俺はアニメから離れたら完全に無趣味無教養なのだ。やりたい職業も学問もまだ見つからない。他人と何の話題を共有すればいいだろう。今期アニメの話?コミケでも行くか?聖地巡礼するか?死ねよ。他人との共通言語、俺はそんな物全く持っていない。その点だけ見れば、他の同世代もそれなりに感じている意識ではないだろうか。

そこから文化にも「分かりやすさ」「広汎性」が重視されて、話題性、本能である性欲に根ざしたアニメが流行ったんじゃないかというこじつけ。けいおんさえ見てればキャラ萌えしたい人もオナニーしたい人もお祭り騒ぎしたい人もニコニコでMAD作りたい人も考察したい人もバンド好きで「にわかうぜー」とか言いたい人もムント以外の京アニファンも批評家も女性もビジネスマンも、もちろん純粋なアニメファンだってみんなハッピーさ!繋がってるね!この連帯感があってこそ!これからのアニメはやっぱコミュニケーションツールですよ!

コミュニケーションというか、会話のネタになるような「隙のあるもの」が確かに好まれてるような気はする。完成度の高さだけでなく、自分たちでもさらにいじくれるオモチャ、レゴブロック、好きなように組み合わせていくらでも妄想できる、そういうのがよいみたい。ということはこのさらに「先」がそのうちやってくるのだと思う。何が来るのだろう…………?

投稿者: そうすい

ins-magazine.netとins-magazine.orgの管理人。やることいっぱいでいつも大忙し。