物心ついた頃からずっといろいろ書いてるけど、小説家になりたいと思ったことがあまりない。というか、日本の小説特有の風景描写とかにやたらページを使うであるとか、いわゆる「美しい表現」みたいなのが苦手だ、気恥ずかしくて読んでいるだけでクラクラする。小学校の頃からそんな感じだったし、むしろ「誰でも読んで理解できるような文章こそが至上なのでは?」と思っていた。なので、夏目漱石はやはりえらいのだなぁと感心する次第。あの人はある時期から、当時の文章が読める程度のレベルの人であれば理解できるぐらい低レベルな言葉と表現とを駆使して深い感情の揺れ動きとかいろいろなことを次々と書いて作品を作っていったわけだね。森鴎外みたいな人の対極に位置しているんじゃないかと思う。

で、翻って今の時代、昔に比べればツールは発達し、「書く」「描く」みたいなものについて、インターネットは発表の場としてかなり有効なものにはなったけど、やはり印刷物、つまり出版されるレベルまで行くとなるとそれはもうまったく違うわけで。いわゆるプロの作家というのはどんな感じなのかな?っていうのが以下の記事で垣間見える。

アニメ化を果たした「伝説の勇者の伝説」の鏡貴也さんにインタビュー、小説家になるコツや執筆スタイルを大公開 – GIGAZINE
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20100508_denyuden_kagami_interview/

特に「■小説家を目指す人たちへのアドバイス」以下がすごい。

まずは「書き上げること」ですね。最初の頃は難しくて書き上げずにやめてしまったりするんですが、まずは下手でも300枚書き上げて応募してしまうことです。「わー、つまんねー、これだめかもー」と思っても、まずは応募すること。釣り竿を投げないと釣れませんから。

あと、プロになれるレベルに達したのかどうかは自分ではわからないので、「書き上げる」「出す」の繰り返しです。出すと決めていないと、100枚くらいでやめたくなるんですよ。もっと面白いことを思いついたとか、やめたくなる理由がいろいろと出てくるんです。なのでとりあえず書き上げて応募してみることが一番だと思います。あと応募までの締め切りを決めて書き上げることです。作家になってからは書き上がらないから本を出さないというのは許されませんから。書き上げる日を決めて送ることの繰り返しが大事だと思います。

次がコレ。

めいっぱい生きることだと思いますね。あと、人を見ておくこと。他人はどんなことを考えているのかを想像することですね。話をしているときに出てきた言葉について「どんなことを思って言ってるのかな」とか、「どういう風に育ってどういう状況だとこの言葉になるのだろう」とかイメージしておくと、キャラクターが自分にならず、それぞれの人生や思い入れのある「生きた」ものになると思います。

人さえ書ければ、僕は小説が成立すると思うんです。僕も最初そうだったんですけど、小説家になるというと、設定などを勉強しないといけないとか思いがちなんです。でも、大事なのは人と人がどうやって生きているかを書けるかどうかだと思うんです。自分のことについても「どうして今そう思っているか」と考えるのが小説を書く近道かな、と思います。

そして、やっぱり「書き上げること」。すごい才能があっても書き上げられない人もいると思うんです。でも、書き上げることで人生が開くかもしれない。そう思います。

あと、これは重要かも。

そこで気付いたんですが、恥ずかしがってカッコイイものを出そうとすると逆にダサイんです。だから、自分が恥ずかしく思えるぐらいに振れ幅あるものを書こうと思って

これも。

ええ、誰かの言葉を借りてきても、その借りてきたもの以上にはならないと思います。偽って狙ってもうまくいかないのがこの業界だと思います。300ページ複数のキャラクターが動くので、気が乗らないまま書いているのは分かると思うんです。

狙って書いても、地が出ているものでないと売れてないと思います。「狙って書いた」という作家さんもいますが、「それはお前じゃないか」というぐらい作者が前面に出ている作品が多いと思うんですよ。人気作品が出ると、それを好きな読者がマネして送ってくることが多くなるんですけど、それよりも「俺を見てくれ!」っていうのがいいですね。

「エル・ウィン」は女の子の1人称作品なんですが、スレイヤーズがあったので当時の富士見は女の子の1人称作品に賞を出さないようにしていたそうなんです。でも、僕はその時スレイヤーズを全く知らずに応募して、実際に入賞できましたから。自分の言葉で書いたものだったら、審査員の目にとまると思います。

確かに、「○○みたいなものを!」と思って作ったモノにろくなものはないし、「○○っぽく!」とか「○○を尊敬しています!」みたいなものは大体ダメだな…………あれはなんでなんだろうか?ということでいろいろ考えてみたのだけど、おそらくは創作の第一歩である「模倣」のレベルを抜け出していないのではないかと。完全にオリジナルなものを作り出すというのは難しいので、まずはいろいろな材料を揃えてそれらを組み合わせて形にするということに慣れるという段階から入っていき、そこから次第に工夫を凝らして自分のやりたいことなどを付け加えていって、オリジナルと言っても過言ではないレベルにまで高めていくわけだけど、その過程のまだ途中であるにもかかわらず、なぜかそこが自分の到達点だ!と勘違いしているケースってのが多々見受けられる。それを乗り越えたのがおそらく「自分の言葉で書く」というレベルなんだろうな、と。

少なくとも、設定だけを延々と考えて一文字も進まないよりは、とにかく前に進んでいく方が健全ではあるわな。

投稿者: そうすい

ins-magazine.netとins-magazine.orgの管理人。やることいっぱいでいつも大忙し。